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貧困と「努力」

2021年11月3日朝日新聞朝刊 オピニオン&フォーラムより
貧困と「努力」について3人の識者の方が意見を述べておられます。

8月に著名人が生活困窮者を差別し、後に「頑張ってる人もいる」と謝罪しました。
貧困と「努力」が結びつけて語られることで、何が起きているのでしょうか。

■国が強めた「自業自得」論

竹下義樹さん 弁護士
1951年生まれ。国内初の「全盲の弁護士」として、障害者支援や、
生活保護に関する訴訟を多く手がける。
つくし法律事務所
https://www.tsukushilo.com/

路上生活者や生活保護受給者の支援を長年続けています。ひしひしと感じるのは、
「受給者や貧しい人はなまくらだ」という先入観です。「頑張っている生活保護受給者もいる」という言葉も、そういった無理解から発せられているように感じます。そもそも、日本の生活保護の捕捉率は欧米に比べてとても低い。受給者の半分以上が高齢者で、残りのほとんどは障害者と母子家庭です。しかも、生活保護費の約半分が医療扶助。無駄遣いでもなんでもなく、生活保護があってかろうじて生きていける人たちが受給しているのです。それなのに、なぜ怠け者のように言われるのか。僕は国や政治がそういう風潮をつくったと感じています。役所の窓口には「まず生活保護と考えるのは安易だ」とか「もっと自分で頑張れ」という発想があり、スムーズに需給にたどり着けないことが多々ある。政治が「自助」や「自立」という言葉を使ってきたことが、こうした風潮を強めてきたと思います。

姫路ばら園

コロナ禍で明日からの生活費もないような人に生活保護を勧めると、「白い目で見られるから生活保護だけは受けたくない」と言います。以前、テレビのプロデューサーが「生活保護の番組を放送すると、視聴者の反響の半分は抗議だ」と話していました。抗議の大半は「自分は生活保護以下の暮らしをしているのに我慢している」という内容だそうです。そう思う人たちが悪いんじゃない。自分が人間らしい生活を保てない状態にあっても歯を食いしばって生きなければいけない、と思わせている社会の責任です。

少しの不正を、あたかも全体がそうであるかのように取り上げてきたことも大きい。ある不正が報じられた時、僕の事務所に政治家が乗り込んできて「こんな輩の弁護をするのか」と言い放ちました。弁護士ですら「そういう政治家を説得できる理屈を考えるべきだ」と僕に言う人がいます。何が正義だ、と情けなくなります。

社会では少しずつ、弱い人の声が生かされるようになっています。視覚障害者が線路に落ちる事故が起きるたびに大きく報じられ、ホームドアの設置が進みました。ところが、貧困問題となるとそうはいかない。今も餓死者が出ているのに、それを社会が恥だと思わない。いつまでたっても「自業自得」です。

「頑張っている人もいる」という言葉は、そうではない人を排除します。貧困によって奪われるのはその人の人生そのものであり、人権の問題です。人権は「頑張っている人がかわいそうだから認めてあげる」と感情に左右されるものではありません。そんな簡単なことが理解されない社会は、哀しいですね。(聞き手・田中聡子)

姫路ばら園

■煽られた差別 敵は権力側

藤田和恵さん ジャーナリスト
1970年生まれ。北海道新聞記者を経て2006年に独立。
近著に「ハザードランプを探して」。
https://bunshun.jp/list/author/611c87e67765615ae4000000
https://twitter.com/rm2crkuyhmnmz1b

「頑張っている人もいる」という発言は、差別を扇動した人の謝罪としては0点です。「頑張っているかどうか」を自分が判断できる、選別する権利を自分が持っていると無意識に思っている、そんな傲慢さを露呈しています。一方で、一瞬そのひどさに気付かなかった自分もいました。おそらく、この発言がなぜ良くないのか、すぐにはピンと来ない人は、他にもたくさんいると思います。「頑張ること」は、正しいこと、良いことであり、当然のこととされているからです。なぜ多くの人が「頑張ること」にこだわるのか。それは「頑張らなきゃいけない」と思い込まされているからではないでしょうか。

この1年半、コロナ禍の貧困の現場を取材していますが、ほとんどの人が「自分が悪い」と言います。雇い止めに遭うたびに寮から追い出されるため路上生活を繰り返す男性は「責任は僕にある」と言いました。「自分は能力がないから努力しないといけないんです」「そう思うことで、自分を鼓舞しているんです」、と。「自分が悪い。だから自分が頑張るべきなんだ」という考え方です。でも私は、頑張る前に、それは本当に自己責任なのかを考えるべきだと思っています。こうした「自分が悪い」「もっと頑張るべきだ」という考え方が他者に向く時、「弱い立場の人が責め合っている」という構図で語られることがしばしばあります。でも、そうした物言いはとても危険です。

姫路ばら園

生活保護制度や利用者への差別や偏見は昔からありましたが、社会全体でバッシングが強まったのは、政治家やメディアなど「権力側」が発信したメッセージからでした。芸能人の母親の需給が不正のように言われ、「ナマポ」というネットスラングを使う政治家も現れました。そうして扇動された差別に、ネット世論が乗じた。決して、弱い立場の人同士の分断から生まれたわけではありません。

「弱い者がバッシングし合っている」と書くと、本当の「敵」が見えなくなってしまいます。雇用形態の問題、住宅確保の支援が乏しい問題、賃金格差の問題、養育費不払いの問題━━。それぞれの当事者が直面しているのは、制度や社会の構造的な問題です。その責任を誰が負うべきなのか。それを書かずに「分断」があたかも自然発生的に存在しているかのように書くことでほくそ笑むのは、社会の構造に責任を負うべき「権力側」の人たちです。

これまで差別やバッシングを煽ってきた政治家、メディアが、同じくらいの熱量と時間をかけて、壊した社会を修復するべきです。「頑張っているかどうか」は関係ありません。(聞き手・田中聡子)

姫路ばら園

■社会を縛る江戸期の道徳

松沢裕作さん 歴史学者
1976年生まれ。慶応大学教授。専門は日本近代史。
著書「生きづらい明治社会」「自由民権運動」など。
https://www.econ.keio.ac.jp/about/t_interview/staff61

努力は必ず報われるとは限らない。その事実をみんな実はよく知っています。では、報われるかどうかを努力と結びつけて考える傾向はどこから来たのでしょう。歴史学の研究成果では、江戸期に発生した「通俗道徳」が参考になると思います。故・安丸良夫氏が主張した学説です。

通俗道徳とは「人が人生で失敗したり貧困に陥ったりするのは、その人の努力が足りないからだ」とする考え方です。江戸時代の後期に生まれたものとされます。大事にされたのは、勤勉に働くことや倹約をすることでした。努力する人が報われる社会が大事だとされる今の状況は、「通俗道徳のわな」にはまった状態に見えます。

江戸後期は、様々な小品が売り買いされる市場経済の広がる時代でした。金もうけの機会が増えた一方、没落する人も現れます。芝居を見るなどの娯楽も増え、享楽的な消費の誘惑に負けぬよう自律する必要も生じました。その中でどうすれば生き延びられるかというニーズから生まれたのが、通俗道徳です。

姫路ばら園

ただ私の見るところ通俗道徳は、当初から人々全体を強く縛り続けてきたわけではありません。人々がこの道徳を本当に意識したのは、それまであった助け合いや連帯の仕組みが壊れた時でした。たとえば江戸時代には、村ごとに連帯責任を負わせる村請制がありました。誰かが年貢を払えない時、村全体に負担させる制度です。押しつけられた連帯であり、統治する側にとって都合のよい制度でしたが、一面では弱者が守られてもいました。

ただ明治期に入ると、その制度は消滅します。人々は市場経済の場に投げ出され、財政基盤の弱い明治政府には福祉を行き渡らせる力がない。他人を思いやる余裕が失われる中で、「貧しいのはその人の努力が足りないせいだ」という通俗道徳が初めて強く共有されました。今の日本の状況も、それと似ていませんでしょうか。企業の福利厚生に頼っていた時代が終わり、雇用が流動化して皆が自力で生きるよう求められる時代が始まっているからです。

通俗道徳のわなから抜け出すためにどうすればよいか。「共感する」という人間の営みに目を向けて葉どうでしょう。倒れている人を見た時に人は、もしかしたら自分だったかもしれないと感じます。他の人と立場が入れ替わりうると思うことから「ひとごとではない」との思いが生まれ、社会全体でカバーしようという発想が出てくる。共感をベースにした社会構想がもし政党などから提示されれば、「困窮する人を努力の足りない人とみなす見方はおかしい」と誰もが言える基盤が育っていくでしょう。
(聞き手 編集委員・塩倉祐)

姫路ばら園

写真は、2021年10月20日、姫路ばら園で撮影しました。
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Comments







非公開コメント
No Subject
生活に困窮されている方が速やかに生活保護が受けられるようになってほしいです。
身内も自分の生活で精一杯で、その肩を助けるのが困難なケースも多いですよね・・・・

先日入学金の問題の記事もアップしましたが、授業料のことも含めて改革してほしいと考えています。
大学生は、通常の通学ができていなくても満額の学費を支払っていて、不満を感じている方が多いと思います。
2021-11-04-06:07 utokyo318
[ 返信 * 編集 ]
らいとNGC7000
No Subject
utokyo318さんへ

コメントありがとうございました。
憲法25条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すること、国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と定められています。

生活保護は最後の命綱だと思います。
本当に困っている人がたくさんいるのに、その人たちを攻撃する世論を
一部のマスコミは意図を持って長し、国民を煽ってきました。
テレビで毎日そういう放送を目にすれば、そうなのかと信じる人も出てきます。
なぜ国民の側に立った放送ができないのか。

大学生の学費、授業料は高すぎます。
友達とも会えない、クラブ活動もできない、
勉学にも支障が出そうになっている。ゼミで全員が集まれないですからね。
そういう状況を2年近くも我慢し続けているのに。
当事者である学生の人たちも、国に対して声を上げるべきだと思います。
堪忍袋の緒が切れそうですよ。緒が切れても、何も変わらないのであれば
意味がないわけで。どうしたらいいのか考えています。
2021-11-04-06:31 らいとNGC7000
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No Subject
日曜日にコンビニに行くと、いつも生活保護者がスポーツ新聞を買っています。
なぜか?
競馬かボートレースに行くんです。
腹が立ちますね。
2021-11-04-08:27 fukuchan
[ 返信 ]
らいとNGC7000
No Subject
fukuchanさんへ

コメントありがとうございました。
腹の立つ気持ちもわかります。
支給されたお金をどのように使おうとも自由だと主張する人もいますが、
それは違います。
生活保護は生活するためのお金であって、博打をするための原資ではありません。
気晴らしに行かれるようでは怒られても当然です。
他に何もすることがなく暇つぶしというのも気の毒です。
社会で見守ればと考えますが、世の中そこまで面倒見の良い時間の都合のつく人もなかなかいません。本人の強い自制心が必要だと思います。
どうすればよいのか。考えさせられますね。
2021-11-04-08:35 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]
No Subject
「少しの不正を、あたかも全体がそうであるかのように」 本当にその通りだと思います。
それに 「頑張ってる人もいる」 これって 反対から見ると ほとんどの人が頑張っていない ってなりますよね・・・・・
コメントに書かれてるように 生活保護でギャンブルして 酒を飲む人も もちろんいるでしょう。(そういう人にはバッシングしてもいいと思います)
しかし 本当に困ってる人に対しては 助けが必要だと思いますし、 それを非難するつもりは全くありません。 話はそれるかもしれませんが、 外国人留学生の人達が お金に困って犯罪に走ってる というニュースも見たことがありますが、 コロナでアルバイトなどができなくなり 本当に貧窮している方が増えてるんだな って思いました。(日本人 外国人関わらず)
論点がずれるんですが、 最近ニュースなどを見てると、 人気を取りたいためにあおってるニュース と感じるものをよく見る気がします。
その 人気がとれるニュースは 人だったり、国だったりを 馬鹿にして 自分たちが安心したい って言うニュースです。
中国、韓国、北朝鮮はまたこんなバカなことした。 というものから始まり、 生活保護の不正、 不倫など・・・・・
なんだかな~~~~ >< って思ってます

  駐在おやじ
2021-11-04-11:20 駐在おやじ
[ 返信 ]
No Subject
「自助」で済むなら政府は要らない。
政治家も無給でやったら良いものを!

常に国民の間に分裂を作り団結させないのが政治。
戦わない限り権力は限りなく攻めてきます。

野党も揉めるのは結構だが誰が一番喜んでいるのやら。
2021-11-04-14:53 万葉
[ 返信 * 編集 ]
No Subject
駐在おやじさんへ

コメントありがとうございました。
コロナ禍になり生活に窮する人が増えていること。
本当に困っている人に生活保護の援助が届かないこと。
困って受給しようとする人を非難する一部の人がいて、
それをさらにマスコミガ煽ること。
それらを見て見ぬふりをして、黙っている権力者側の人。

ネットではニュースがあふれていて、真実を見抜く目も必要です。
私自身も新聞の記事に踊らされている面があるのかもしれません。
けれど、実際に毎日の生活に困窮している人がたくさんいることは事実です。
まずその人たちがご飯を食べれて、夜、眠れる家があって、と
生活する基盤を考えてあげなくてはと強く思います。

困っている人も助けて欲しいと言える世の中にしなければいけませんね。
留学生についても、夢を抱いて日本にやってきたのに、
働く口も減らされて勉強に集中できないのは気の毒すぎます。

結局のところ周りの人間だけでは困っている人を助けきれません。
国、自治体が援助する案を早急に作るべきだと思うのですが。
私もどうすれば良い方向へ解決するのか考えてみます。
2021-11-04-16:42 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]
No Subject
万葉さんへ

コメントありがとうございました。
恵まれた境遇の人が政治家になっても、国民の気持ちは分からないと思います。
政治家は政治家にとって不利な法律は絶対に作りません。
いつまで国民は我慢を強いられるのか。

弱い人を責めても問題の解決にはなりません。
権力者側に立つ人間の思うつぼです。
野党の人気がない、支持する人が少ないのは、反省の色がなく
口先だけ良さそうなことを連呼してきたからだと思います。
だからといって与党が優れているとも思いません。
怒りの矛先は政府へ向けられるべきです。
その政治家たちが国民の痛みをわかっていないから、
腹も立つしストレスもたまる、というのが現状だと思います。
2021-11-04-16:49 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]
こんばんは
貧困生活者へ生活保護を勧められても
頑として 保護を受けない人がいるそうです
頑張ると・・・。
素晴らしいバラ園ですね
綺麗に撮られ素敵です^^
2021-11-04-21:43 トマトの夢3
[ 返信 ]
らいとNGC7000
No Subject
トマトの夢3さんへ

コメントありがとうございました。
見るからに限界を超えている人は無理することなく一時的にでも生活保護を受けて欲しいと思います。それを許す、許さないと言い合いをするのではなく、懐深く社会が受け入れる寛容さも必要だと思いました。
肝心な社会の仕組みが脆弱で手続するのも厳しい条件があります。考えているともやもやした気持ちになることもあります。
バラ園は11月14日まででしたね。
今も庭園のあちこちで咲き誇っているだろうと思います。
2021-11-04-22:37 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]