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高知城へ。

おはようございます。

高知城へ

ひろめ市場を飛び出し、私は小走りで西へ向かっていました。
ここまで来たからには、高知城を見たかったのです。

バスの中でツアーコンダクターの方が繰り返し話していたことを思い出します。
「ひろめ市場でゆっくりと食事をなさるか、お昼ご飯は諦めて
コンビニのおにぎりをほおばり、高知城へ向かうか、どちらかになりますね。」
「カツオをあきらめろというのか!そんなん無理やわ。(・∀・;)」
と思って聞いていた私でしたが、残り時間を考えると、確かに厳しかったです。

追手筋

時刻を確認すると、残りは45分ありました。
「今回は城内をまわるのは諦めよう。仕方がない。
撮れる範囲で記念に何かを残そう。」

山内一豊の銅像

追手門から入ろうとすると、右手に銅像が見えました。
山内一豊の銅像です。

土佐藩初代藩主 山内一豊は、天文14年(1545)生まれ。
13歳の時、尾張国(愛知県)岩倉城主・織田伊勢守信安に
仕えていた父が戦死し、母や幼い兄弟とともに流浪した。
天正元年(1573)羽柴秀吉に従って織田信長の朝倉・浅井攻めに
出陣して武功を上げた。以後も秀吉の麾下(きか)として各地の戦いに
参加し、次第に頭角をあらわして近江国(滋賀県)長浜2万石の城主から、
天正18年(1590)小田原攻めののち遠州(静岡県)掛川5万石を領した。

慶長5年(1600)の関ケ原の戦いの功績により、土佐一国24万石を与えられて
翌6年入国、高知城の築城と並行して城下町を整備し、現在の高知市の基礎を
形作った。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と三代の天下取りの間を生き抜いて
出世したただ一人の武将といえる。

山内一豊の銅像

慶長10年(1605)9月20日没、61歳。
この銅像は大正2年(1913)に建設された銅像の原形をもとにして
平成8年(1996)9月20日に再建序幕された。

これが10両の馬か…と思って、銅像を見つめた私。
なかなか格好いいです。

板垣退助の銅像

もっと格好いいのが、高知城を背後にして、東を指さす板垣退助の銅像です。

板垣退助の銅像

板垣退助は戦国時代の武田家の重臣、板垣信方の子孫だったのですね。
武田家と縁の深い板垣退助さん。( ノД`)…
坂本龍馬とも交流があったといわれていますよ。
https://news.mynavi.jp/article/20211011-1978892/

図説 武田信玄 武田24将

余談ですが、先日注文した「図説 武田信玄」(戎光祥出版)は、オールカラー印刷の本でした。
2月12日の記事の中で、触れた新聞一面下の広告の本です。
「図説 鎌倉幕府」も、天然カラーでしょう。良さげな本だと感じます。

板垣死すとも自由は死せず

知っていましたか? 近代日本のこんな歴史
板垣退助暗殺未遂事件 ~「板垣死すとも自由は死せず」~
https://www.jacar.go.jp/modernjapan/p04.html

板垣退助の銅像を拝めて、胸にぐっとくるものがありました。
坂本龍馬の銅像と並んで、訪れる価値があります。

高知城 追手門

高知城の追手門です。

慶長年間創建、寛文4年(1664あ9に再建されたもので、
高知城では珍しく大きな石を積んだ石垣で枡形を構成し、
内部が見通せないように右側に建てられた城の正面である。

重層で入母屋造り、その木割りは太く堂々とし、欅を用いた
主柱や扉、冠木などには要所に銅製の飾り金具を取付けている。
その規模が大きく、城門として豪壮優美な趣を備えている。

高知城

高知城です。

高知市の中心にそびえる大高坂山(標高44.4メートル)
にあって、天守閣からは市街地のほぼ全容が眺められます。
現在は県立高知公園となっています。

高知城は、関ヶ原の戦の功で遠州掛川6万石から土佐24万石に
封じられた山内一豊が、慶長6年(1601)から築いた城です。
人夫は毎日1,200人から1,300人を動員し資材は近隣から集め、
瓦は大阪から取り寄せ、一豊は一日おきに浦戸から工事の督励の
ために現場に赴きました。慶長8年(1603)には本丸と爪門・
太鼓櫓が完成し、一豊は同年8月に入城しました。

享保12年(1727)には大火にあい、追手門ほか数棟を残して
焼失しましたが、2年後に再建に着手し、24年かけて復旧しました。
これが現在の高知城です。天守閣と追手門がそろって残っていることや、
全国で唯一本丸内の建造物がほぼ完全な形で残っていることなどから、
城郭史上極めて貴重な遺構です。これらを含めて15の建造物が国の
重要文化財の指定を受けているほか、敷地は高知城跡として国の
史跡に指定されています。

高知城

追手門から東にのびる追手筋には毎週日曜日に日曜市が開催されます。
この街路市は元禄3年(1690)から続く長い歴史を持っています。
市の開設場所は何度かの変遷があり、追手筋で開かれるようになった
のは、昭和23年のことです。ここでは農産物を中心に、海産物や
日用品など600軒余のお店が1km以上にわたって並んでいます。

山内千代と十両の馬の銅像

千代さんと10両の馬の銅像です。

山内一豊の妻は、弘治3年(1557)生まれ。通称、千代といわれているが、
これを裏づける確かな資料はない。出身についても通説では近江国(滋賀県)
浅井氏の家臣、若宮友興の娘とされているが、近年では美濃国(岐阜県)
八幡城主遠藤氏の娘ともいわれている。

幼い頃に父を失い、17、8歳の頃、一豊と結婚、貧しい暮らしの中で
家を守り、戦いに明け暮れる一豊の出世を助けた逸話が残されている。
中でも結婚の時、持参した10両の金を出して出世の糸口になった逸話は
広く知られている。

また、関ヶ原の戦いの前に、笠の緒に縒(よ)りこめた手紙で関東にいる
一豊に大阪方の情報を知らせ、その進路を決定づけさせたことが、一豊の
土佐一国領主への道を開くことになった。手芸や文筆にもすぐれ、賢夫人
として知られている。元和3年(1617)12月4日、京都で没、61歳。
法号見性院。

この銅像は昭和40年(1965)2月26日に序幕された。


私が撮影に夢中になっていると、後方から声がしました。
「おーい、探しに来たぞ。そろそろ戻る時間やな。」
ひさしさんたち3人は、にこにこ笑顔でした。

合流した私たちは、バスの集合場所へと向かっていました。
すると、とある古物商のおじさんが笑顔でこちらを見ています。
「どっから来たね。」「神戸や。」やすひろさんが応対します。
古物商のおじさんは、私たちに本気で売りたいものがあるようです。
「どうですか。この大皿は。梱包して届けますよ。」

大皿

ひさしさんによると、「直径60㎝はあるな。これはでかい。」
やすひろさんは、「玄関にも置けへんなあ。惜しい皿や。」
ゆーちゃんは、「こんなんどうやって置いとくんですか。」
私は、これがいい仕事というものだろうか…と見つめるばかりです。

高知城近くの古物商

世間話をした後、迎えのバスへと急ぎます。
これでいよいよ高知ともお別れです。

カツオのレリーフ

「カツオよ!また食べに来るからな。」

武市半平太 坂本龍馬 中岡慎太郎の三人の銅像

そうして感傷に浸っていると、バスは高知駅前を通りました。
「あっ、あの三人の銅像が見える!」
武市半平太、坂本龍馬、中岡慎太郎の銅像を確かにこの目で見ました。
私は心の中で、高知の人ありがとう!と感謝しました。

帰りのバスの中で、ひさしさんの財布が一時、行方不明になる、
というハプニングもありましたが、無事解決。
窓際のサイドと、座席の間にはさまって落ちていたそうです。

無事に神戸に帰りました。

高知県への旅行記、長い記事を読んで下さり、ありがとうございました。
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[Tag] * 高知城 * 板垣退助 * 山内一豊 * 千代
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Comments







非公開コメント
美味しい♪を捨て・・・
駆け足でも
高知城訪れ♪ 何よりでした(^^♪

歴史あれこれ・・・感じるものあり!でしたね♪

楽しいお出掛けご一緒させて頂きましたm(__)m

今日も良い休日をお過ごしになれます様に☆

2022-02-27-07:09 田舎のオ-ドリ-
[ 返信 * 編集 ]
らいとNGC7000
No Subject
田舎のオードリーさんへ

コメントありがとうございました。
美味しいを捨て…(・∀・;)たわけではないですが、うなぎは諦めましたね。
ビール飲んで♪という別の道を。

朝は雨でしたが、高知城では天気も良くなって、うれしかったです。
銅像があるのは知っていましたので、
ぜひとも記念に撮りたかったこともあります。

後30分の時間があれば、高知城内を見て回れたのに…
と少し思いますが、またの機会、楽しみをとっておきます。
高知は良い所です。食事、風景、芸術、色々な楽しみ方ができますよ。
私は、もう一度カツオの美味しい季節に再訪したいです。
(まだ食べたりないのか、と。^^;)
2022-02-27-10:26 らいとNGC7000
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No Subject
初めまして! 高知城はもうずいぶんと昔に一度行ったきりですが、つい先日、『山内容堂の軌跡』という本を読みました。殿様から見た幕末がよく分かって勉強になりました。これからもよろしくお願い申し上げます。
2022-02-27-10:43 ピオの父ちゃん
[ 返信 ]
No Subject
ピオの父ちゃんさんへ

コメントありがとうございました。
山内容堂の屋敷というのも近くにあったのですが、
時間が足りずに今回は寄ることができませんでした。
高知県へまた行きたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2022-02-27-14:29 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]
No Subject
歴史上の人物の銅像がいくつもあり、見応えがありますね(^ ^)
関西在住の頃には行くことができず、残念でしたが、やはりいつか一度は行っておきたいと思いました。
渋沢栄一さんの最初の奥様も千代さんだったと思いますが、内助の功がすばらしいですね。
2022-02-27-17:16 utokyo318
[ 返信 * 編集 ]
らいとNGC7000
No Subject
utokyo318さんへ

コメントありがとうございました。
歴史が好きな人もそうでない人も、解説とともに銅像が建っていますので、
近代の教科書をたどるような新鮮さがありました。
渋沢栄一さんも新しいお札に切り替わる際には、
再び大きなブームになるでしょう。
2022-02-27-17:38 らいとNGC7000
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No Subject
次回は是非、ゆ~っくりと高知城を見学できて、美味しいもんも今回の様に食べれるツアーがあるといいな~♪
で、お皿は、買わんかったんですよね?ww
2022-02-27-17:53 ほんなあほな。
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No Subject
旅路の記事ありがとうございます
一人行動されるとあったので、どちらへ?と思っておりましたら高知城でしたか
旅の疲れをゆっくりと癒してください

カツオはお醤油だけでいただくことが多いと思います
2022-02-27-18:59 祐希
[ 返信 * 編集 ]
こんばんは
千代さんと10両の馬の銅像
じんと来るものがありますね
高知は良いところ
一度は訪れたいですね
2022-02-27-22:25 トマトの夢3
[ 返信 ]
No Subject
ほんなあほな。さんへ

コメントありがとうございました。
牧野植物園をはじめ、行きたかった施設がありますよ。
高知城もじっくりと見学したかったです。
60㎝の大皿ですか?(・∀・)?
買えるわけないでしょうが!
第一、どこに置くんですか。
玄関、出入り、邪魔で通れなくなりますよ。
邪魔と言うと失礼ですが、室内にも飾る場所がありません。
また違う日は別の品が特売になっていますよ。
2022-02-27-22:35 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]
No Subject
祐希さんへ

コメントありがとうございました。
カツオのお刺身(たたき)は色々な食べ方がありますので、
よろしかったら一度試してみて下さい。
意外と美味しいと感じるものもあるかもしれません。

1泊2日の高知への旅行でしたが、歩く距離も少なく、楽しい旅でした。
牧野植物園、紙の博物館、桂浜の水族館など、
また行きたいところも見つかりました。
今度高知を訪れた時は、高知城も時間をかけて見学したいです。
2022-02-27-22:40 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]
No Subject
トマトの夢3さんへ

コメントありがとうございました。
10両は当時の大金ですからね。
現代の価値で100万円以上はしたでしょう。
千代さんの機転と支えがあったからこそ、
山内一豊は土佐一国を治める殿様になれたのではないでしょうか?
立派な銅像でしたよ。
2022-02-27-22:45 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]
No Subject
高知の旅、楽しく拝読させていただきました。
以前、石川県で石垣の話を聞き
石垣の積み方には興味があるんです(*´艸`*)
もし、ご興味があれば、犬山城も見にいらしてください。
古物商のおじさんね~。
私も景徳鎮だと言われて3000円ほどの物を勧められたことがあります~。
景徳鎮が3000円。お買い得すぎますよね~。
2022-02-28-06:36 はなみずき
[ 返信 ]
らいとNGC7000
No Subject
はなみずきさんへ

コメントありがとうございました。
石垣は、穴太衆が作ったのだと思いますが、お城を引き立てますね。
犬山城も昔の姿のまま残されている城の一つ。一度、見学に行きたいです。
景徳鎮は…本物だと30万円はするでしょう。
古物商のおじさんは、どの程度の価値かちゃんと分かっていて勧めますから。
^^;
安価なもので、まず当たりはないです。
それが商売なのでしょう。
2022-02-28-06:52 らいとNGC7000
[ 返信 * 編集 ]