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書写山 円教寺 4

書写山 円教寺の続きです。
「まだ続くんかい!」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、よろしかったらお付き合い下さい。(^人^)
奥之院へ鎌倉時代に入っても円教寺の隆盛は続き、常行堂、講堂の改造、食堂の建立などが相次いで行われます。しかし、時代は大きくうねり始め、後醍醐天皇鎌倉幕府打倒の狼煙を上げた元弘元年(1331年)3月、落雷による火災で大講堂、常行堂、五重塔など諸堂の大半を失ってしまいます。その後復旧も進まない元弘3年に後醍醐天皇が行幸して倒幕を祈願するなど静かな祈りの山であるはずの書写山も騒乱の時代の気配に包まれていきます。▼それを決定づけたのが戦国時代で、天正6年(1578年)3月、播磨の武力制圧に取りかかっていた羽柴秀吉は、要害の地で兵糧にも事欠かない書写山に目を付け、大軍を率いて乱入します。山内の十地坊に本営を置き、2年近くにわたって軍事拠点としました。秀吉配下の兵によって多くの僧が僧坊を追われ、数多くの寺宝が略奪されるなど、円教寺は苦難の時代を迎えました。

奥之院の開山堂です。
開山堂円教寺開山の性空上人を祀ったお堂で、堂内の厨子には上人の御身骨を蔵した等身大の木像が納められています。寛弘4年(1007年)に性空上人が98歳で世を去った後、弟子の延照が創建したと伝えられています。以来、書写山一千年の法灯を守って今日まで朝夕欠かさず勤行が行われています。現在の建物は寛文11年(1671年)の再建で、江戸時代初期の開山堂建築の代表作と言われています。





開山堂 軒下力士
軒下の四隅に左甚五郎の作と伝えられる力士の彫刻がありますが、四力士のうち北西隅の一人は、重さに耐えかねて逃げ出したという伝説があります。

不動堂です。
不動堂円教寺 紅葉
延宝年中(1673年から1681年)に堂を造り明王院の乙天護法童子の本地仏不動明王を祀っています。元禄十年(1697年)堂を修理し、荒廃していた大経所を合わせて不動所とし、俗に赤堂と呼ばれていました。乙天童子の本地堂ではありますが、若天童子のそれはありません。一説によると、若天はその姿があまりに怪異なため人々が恐れたので、性空上人が若天に暇を出したともいわれています。

事実ならばひどい話ですね。(`´X)

護法堂です。
若天社乙天社
開山堂の前にある二つの小さな神社で、九州の修行地以来、性空上人に終生仕え、守ってきた乙天護法童子(不動明王)と若天護法童子(毘沙門天)を祀る山の鎮守社です。向って右が乙天社、左が若天社で、同寸同形の春日造で、小規模ながら細部の手法に優れ室町末期の神社建築の特色をよく表しています。現在の建物は永禄2年(1559年)に再建されたもので国指定重要文化財です。

護法堂拝殿です。
護法堂拝殿円教寺 紅葉
護法堂と向かい合って立つ天正17年(1589年)に建立された建物で、俗に「弁慶の学問所」とも呼ばれ、弁慶が書写山で少年時代に修行したときに使ったという勉強机が残っています。昼寝をしていた弁慶の顔に、喧嘩好きな信濃坊戒円がいたずら書きをし、小法師二、三十人を呼んで笑いました。目を覚ました弁慶は、皆がなぜ笑っているのかわかりません。弁慶は井戸(弁慶鏡井戸)に映った自分の顔をみて激怒し、喧嘩となりました。その喧嘩がもとで大講堂をはじめ山内の建物を焼き尽くしてしまったと言われています。
金剛堂への参道金剛堂案内

これから金剛堂へ向います。(^-^)
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Comments







非公開コメント
たくさん歩かれたみたいで♪
ひゃ~、いろんなご説明ありがとうございます。
紅葉もとっても綺麗♪
逃げ出した力士は、どこへ行っちゃったんでしょうネ~♪
その行き先もちょっと気になりました(笑)。
2006-11-29-09:13 たまママ
[ 返信 * 編集 ]
たまママさんへ
コメントありがとうございます。
力士の行き先 … (-人-;)
縁の下です!(`・ω・´) 力持ちです。^^
紅葉は残り少なくなってきましたが楽しみましょう♪
2006-11-29-09:26 らいと
[ 返信 * 編集 ]
こんにちは(゜▽゜*)
コメント残せなくてすいませんでしたショボ━━━━(´・ω・`)━━━━ン
らいとさんの写真って、観光ガイドブックに載ってそうなくらいベストショットですねd('▽'*)

建物を焼き尽くしたといわれるくらいなら弁慶の怒りもすごかったんでしょうね(・・;)
2006-11-29-14:46 きび丸
[ 返信 ]
紅葉がとてもステキですね~♪
やっぱり、日本の四季って良いものですよね♪
いつかは植えたいなぁ~
2006-11-29-17:55 あざ美
[ 返信 * 編集 ]
あれ?
弁慶の逸話、叡山だとばかり思ってイマシタ!!
その逸話を読んで、富田常雄氏の書いた武蔵坊弁慶を思い出しマシタヨ。
ついでに中村吉右衛門さんも思い出しマシタ。

私は昔カラ弁慶が異常に好きで好きで堪りませんデシタ。
何であんなに好きだったのか謎デスガ…。
玉虫になりたくて堪らなかったナァ~。(笑!
2006-11-29-18:17 トリコ
[ 返信 ]
きび丸さんへ
コメントありがとうございます。気にされなくても大丈夫ですよ。どう言葉をつづればよいかわからなくなるときもあります。観光ガイドブックはプロが撮っております。(`´)だから構図はとても参考になるのですが、ガイドブックとは少し違った写真を!と心がけています。(つもりです。(^-^))でもなかなか難しいです。(;´д⊂)
弁慶さんの伝承は、うーむ。一人に罪を被せられているような…。私は弁慶がそんな悪い人ではないと思っているので複雑な気持ちになりました。
2006-11-29-18:23 らいと
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あざ美さんへ
コメントありがとうございます。日本の四季はすばらしいですね。^^暑い季節を除けば、です。(`´) お庭があると樹木の成長も楽しみですね。^^
2006-11-29-18:27 らいと
[ 返信 * 編集 ]
トリコさんへ
コメントありがとうございます。比叡山、四国、播磨と渡り歩いていた弁慶は逸話がたくさんありますね。^^義経と出会ってからの弁慶は私も好きですよ。伝説上の人物とも言われていますが、夢があると思います。
2006-11-29-18:34 らいと
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力士の行方・・・
楽しい回答に、思わずv-238v-238v-238
また研修に入り、忙しいこのごろ、
この紹介に、とっても嬉しくなりました。
今回の研修生は、京都から・・・
話をするのに、お世話になりました。
ありがとうございますv-221
2006-11-29-19:37 chiemi
[ 返信 ]
chiemiさんへ
コメントありがとうございます。力士は倍率を上げると暗くなりなかなかうまく撮れなかったです。天候が悪くなるとデジタルカメラは苦しいですね。お仕事の研修、頑張って下さい。陰ながら応援を続けます。
2006-11-29-20:17 らいと
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こんばんは
ご無沙汰していましたので、前の分も復習させていただきました。古い歴史のあるところなんですね。らいとさんが見ていた樹木を弁慶も見ていたかもしれないですね! 血気盛んな弁慶には苦笑いですが、無骨な弁慶が大好きです。
2006-11-29-20:21 アマゾンリリー
[ 返信 * 編集 ]
遊びに来ました
今、出張先です。

PC借りたので、遊びに来ました。
私の滞在先は雪景色ですよ。

もー、寒いです。
2006-11-29-20:58 にゃこ
[ 返信 ]
アマゾンリリーさんへ
コメントありがとうございます。書写山からの瀬戸内海を望む風景は、昔のまま今に伝えているのだと思います。後に活躍する弁慶も修行時代はいろいろ大変だったのだと思いましたよ。^^;
2006-11-29-21:04 らいと
[ 返信 * 編集 ]
にゃこさんへ
コメントありがとうございます。
出張先のアメリカからですね。^^
北海道・東北地方は雪のところが出ています。
こちらでも今夜から冷え込む予想になっていますよ。
2006-11-29-21:22 らいと
[ 返信 * 編集 ]
力士、「うーむんっ!」って、重いのをがんばって支えてる顔してますもんね。
確かに、そんなに重いのなら、逃げ出したくなるかも?w
2006-11-29-22:50 ケロ
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ケロさんへ
コメントありがとうございます。
伝承の中には楽しい話もありますね。^^
江戸時代からすでに力士は力持ちで人々に頼られていたのではと思いました。
2006-11-29-22:56 らいと
[ 返信 * 編集 ]
こんばんは。
軒下とか天井の彫刻って、よく見ると面白いですよね。電気も無い時代に、何日くらいかかって彫ったのだろうと感心します。環境に恵まれなくても、人間したいことは、するものですね。
2006-11-30-00:20 さるすべり
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さるすべりさんへ
コメントありがとうございます。
建物の造り・彫刻の観察は楽しいです。
技も凄いですが、造った人の心を感じますよ。^^
2006-11-30-00:41 らいと
[ 返信 * 編集 ]