ドイツ人の主張の話
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ドイツ人の主張の話です。前回からの続きです。
一方、ドイツ人はどんな主張をしているだろうか。
1.道理の感覚を持とう
自然界には道標があり、そして人間社会にも道理がある。この道理の感覚を持っていることが、近代人の特長である。ルネサンス以後のヨーロッパ社会では、この道理の感覚によって人類の文明開化が行われたのである。ドイツ人は、道理についていたって敏感である。それは物ごとの真理は、みんな道理を押しすすめることによって到達あるいは解明できるものだと信じているからである。それゆえドイツ人は、理屈っぽい人間だとよくいわれるが、そんなことは気にしないで、ただこの道をまっしぐらに進んでいるのである。イギリス人の社会をみて私は思うのだが、道理を第一におくのと第二におくのでは、社会がまるで違ってくるということである。
2.物ごとの本質を追及しよう
科学的研究の目的は、物ごとの本質を解明しようとするところである。この世にあらわれる種々雑多な現象を表面的に迫っているだけでは、真実はわからない。科学者は、その鋭い目で根気良くその本質を見きわめなければならない。
3.論理と組織に徹底しよう
ドイツ文化をささえているのは、論理的(logisch)と組織的(systematish)という二つの言葉である。ドイツ人は、この世の物ごとは、なんでも論理的と組織的にすすめていかなければならないと思っている。これによって膨大な科学の世界が開かれていくのである。イギリス人を見ていると、ときどき論理が常識に負けるように見えることがあるし、またフランス人は組織的に物ごとをすることが下手である。利巧者のこのニ国人が、どうしてそれに気がつかないのか不思議である。
4.遅れを取りかえそう
ドイツは、フランス人やイギリスに比べて、ギリシアやローマの文化の影響をうけるのが、ずっと遅れた。それゆえ、このような科学的な方法でこれらの先進国にどんどん追いつこうとしているのである。それゆえ、われわれは、困苦欠乏にたえる質実剛健の精神をもって努力しているのである。
一方、ドイツ人はどんな主張をしているだろうか。
1.道理の感覚を持とう
自然界には道標があり、そして人間社会にも道理がある。この道理の感覚を持っていることが、近代人の特長である。ルネサンス以後のヨーロッパ社会では、この道理の感覚によって人類の文明開化が行われたのである。ドイツ人は、道理についていたって敏感である。それは物ごとの真理は、みんな道理を押しすすめることによって到達あるいは解明できるものだと信じているからである。それゆえドイツ人は、理屈っぽい人間だとよくいわれるが、そんなことは気にしないで、ただこの道をまっしぐらに進んでいるのである。イギリス人の社会をみて私は思うのだが、道理を第一におくのと第二におくのでは、社会がまるで違ってくるということである。
2.物ごとの本質を追及しよう
科学的研究の目的は、物ごとの本質を解明しようとするところである。この世にあらわれる種々雑多な現象を表面的に迫っているだけでは、真実はわからない。科学者は、その鋭い目で根気良くその本質を見きわめなければならない。
3.論理と組織に徹底しよう
ドイツ文化をささえているのは、論理的(logisch)と組織的(systematish)という二つの言葉である。ドイツ人は、この世の物ごとは、なんでも論理的と組織的にすすめていかなければならないと思っている。これによって膨大な科学の世界が開かれていくのである。イギリス人を見ていると、ときどき論理が常識に負けるように見えることがあるし、またフランス人は組織的に物ごとをすることが下手である。利巧者のこのニ国人が、どうしてそれに気がつかないのか不思議である。
4.遅れを取りかえそう
ドイツは、フランス人やイギリスに比べて、ギリシアやローマの文化の影響をうけるのが、ずっと遅れた。それゆえ、このような科学的な方法でこれらの先進国にどんどん追いつこうとしているのである。それゆえ、われわれは、困苦欠乏にたえる質実剛健の精神をもって努力しているのである。
5.過度の自由を避けよう
フランス人のように、各人が勝手気ままなことをしていたのでは、まとまった国力にはなりにくい。ドイツ人は、個人の自由をまもるためにも団結して国全体を強くしなければならないと思っている。戦争に負ければ、国民の自由は失われるし、またいつも隣りの強国のご機嫌をうかがっている弱小国には、ほんとうの自由などはない。ドイツ人は他国に支配されることだけは、絶対に我慢ができないのである。その最小限の自由をもとめているのである。
6.ドイツ文化を高めよう
ドイツ語のクルトゥール(die Kultur)は、文化、文明、教養などと訳されているが、イギリス人やフランス人のいう文化とは、ひと味ちがったものである。クルトゥールの特徴は、青少年がこれによって堕落することがないという点である。いったい、ラテン文化のように、文化がすすむと国が弱くなるというのは、文化という考えに、なにか根本的におおきな間違いがあるのではあるまいか。ドイツ文化は、隣国にはすくない健康な文化で、繁栄しても堕落のない正しい文化であると、ドイツ人たちは信じているのである。

日本やアメリカについても、書籍の中で述べられています。
それは本をお求めになって確かめて下さいね。(^-^)
気になったニュースです。
ノートパソコンを「毎日持ち歩く」人は約1割――MapFan 調べ
http://japan.internet.com/wmnews/20091204/7.html
ノートパソコンの人気が高いようです。
デスクトップに比べると、自由に持ち運びができ、
自分専用のパソコンを持ちたい人が増えているそうです。
写真は明石の大蔵海岸です。10月中旬に撮影しました。

写真の整理もありますので、次回の更新日は未定です。(^_^;)

フランス人のように、各人が勝手気ままなことをしていたのでは、まとまった国力にはなりにくい。ドイツ人は、個人の自由をまもるためにも団結して国全体を強くしなければならないと思っている。戦争に負ければ、国民の自由は失われるし、またいつも隣りの強国のご機嫌をうかがっている弱小国には、ほんとうの自由などはない。ドイツ人は他国に支配されることだけは、絶対に我慢ができないのである。その最小限の自由をもとめているのである。
6.ドイツ文化を高めよう
ドイツ語のクルトゥール(die Kultur)は、文化、文明、教養などと訳されているが、イギリス人やフランス人のいう文化とは、ひと味ちがったものである。クルトゥールの特徴は、青少年がこれによって堕落することがないという点である。いったい、ラテン文化のように、文化がすすむと国が弱くなるというのは、文化という考えに、なにか根本的におおきな間違いがあるのではあるまいか。ドイツ文化は、隣国にはすくない健康な文化で、繁栄しても堕落のない正しい文化であると、ドイツ人たちは信じているのである。

日本やアメリカについても、書籍の中で述べられています。
それは本をお求めになって確かめて下さいね。(^-^)
気になったニュースです。
ノートパソコンを「毎日持ち歩く」人は約1割――MapFan 調べ
http://japan.internet.com/wmnews/20091204/7.html
ノートパソコンの人気が高いようです。
デスクトップに比べると、自由に持ち運びができ、
自分専用のパソコンを持ちたい人が増えているそうです。
写真は明石の大蔵海岸です。10月中旬に撮影しました。

写真の整理もありますので、次回の更新日は未定です。(^_^;)


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